RELACTIS ブログ組織への広げ方読了 約5分

『前例はあるの?』の3秒が、AI活用を止めている

AI活用が進まない理由を、現場の抵抗やリテラシー不足に求める前に、見てほしい場所があります。たいていの場合、止まったのは会議室で、止めたのは悪意のない正論です。

社内でAI活用を進める立場にいると、進捗が止まる瞬間に何度も立ち会います。ツールは契約済み、研修も終わっている、やる気のある人もいる。それなのに、3か月経っても社内の使い方は増えていない。どこで止まったのかを後から辿ると、意外と具体的な一点に行き着きます。誰かが会議で言った、ひと言です。

「それ、本当に大丈夫?」「前例はあるの?」「まず通常業務を優先して」。どれも正論ですし、言った人に悪意はありません。むしろ責任感のある人ほど言います。それでも、この3秒が、数週間ぶんの動きを止めることがあります。

自分がどちら側の人間なのかは、たぶん薄々わかっているはずです。会議で最初に懸念を言うほうか、言われて黙るほうか。この記事は前者の人に読んでほしくて書いていますが、後者の人にも効きます。止まっている理由が自分の能力ではないと分かるからです。

否定は3秒、実行は3週間

止める側と、進める側で、かかるコストがまったく違います。ここが問題の中心だと私たちは考えています。

「前例はあるの?」と聞くのに必要なのは3秒です。資料を読み込む必要も、代案を用意する必要もありません。一方、それに答える側は、前例を調べ、無いなら無いなりの根拠を作り、資料に落とし、関係部署に確認を取り、もう一度説明の場を設けることになります。数週間かかることも珍しくありません。

否定は軽く、実行は重い。この非対称性があるかぎり、組織の中では「止める」ほうが常に安上がりです。そして安いものは、無自覚に使われます。

私たちの立場をはっきり書いておきます。組織の挑戦を止めているのは、リテラシーでも危機感でもなく、実行責任のない拒否権です。指摘した人は、その指摘が正しかったかどうかを後から問われません。提案した人だけが、結果を問われます。この状態で「もっと挑戦しよう」と呼びかけても、計算が合わないので誰も動きません。

意図と、伝わり方は別のもの

やっかいなのは、止めている本人にその自覚がまずないことです。言っているのは正論で、しかも多くの場合は親切心から出ています。ただ、部下の側では別の文章に翻訳されて届きます。

言ったこと伝わったこと
それ、本当に大丈夫?使うと怒られそう
まず通常業務を優先して改善提案は余計なこと
前例はあるの?新しいことはやめた方がいい
勝手に進めないで横につなぐと面倒になる
効果が見えてからにして試す前から成果を求められる
もう少し整理してからどうせまた保留になる

左の列だけを見れば、どれもまっとうな管理職の発言です。右の列を見ると、AI活用が進まない職場の空気そのものになっています。意図は問題ではありません。どう伝わったかだけが、その後の行動を決めます。

同じ現場でも、部署によって結果が分かれた

ここから先は、RELACTISを作っている私たちの一人が前職で見たことです。一般論ではなく、実際に手を動かした場所の話として読んでください。

その会社では、社内にDXの学び場を立ち上げて、現場の社員がノーコードで業務改善アプリを作れるようにしました。各部署から人を出し、年齢も職種も問わず、経営層も一緒に参加する形です。結果として、年間284個の業務改善アプリが現場から生まれました。

面白かったのは、作った人の内訳です。中心は20代の若手と、50代から60代のベテランでした。中間層は薄い。吸収の速さと、業務の勘所を知っていること。まったく違う強みが重なったところで、改善が前に進んでいました。

ただ、全社が均一に進んだわけではありませんでした。進んだ部署と、進まなかった部署に分かれたのです。研修は同じ、ツールも同じ、現場の努力も同じでした。差を分けていたのは、上司がその取り組みを理解して、後押ししたかどうかでした。

進んだ部署では、作ったアプリが実際の業務に載り、改善が定着しました。進まなかった部署では、利用許可や承認のハードルが高く、せっかく作ったアプリが導入されないまま埋もれていきました。作った本人からすれば、次を作る理由がなくなります。

これはAIの話ではなくノーコードの話ですが、構造はそのまま重なります。人が作ったものを、止めるか、載せるか。その判断が数十回積み重なった先が、いまの「うちはAI活用が進まない」です。ちなみにこれは一社での観察なので、法則として言うつもりはありません。ただ、私たちがなぜこの製品を作っているかの、いちばん強い裏付けの一つではあります。

指摘をやめる必要はない。説明責任を足すだけでいい

誤解のないように書いておくと、懸念を言うのをやめましょう、という話ではありません。リスクを先に見つける人がいない組織のほうが、よほど危ない。必要なのは指摘の禁止ではなく、止める側にも説明責任を持たせることです。

やり方はそれほど難しくありません。同じ懸念に、条件を1行足すだけです。左が杭を打つ言い方、右が支柱を立てる言い方だと思ってください。

止まる言い方進む言い方
それ、本当に大丈夫?まず確認すべきリスクを絞ろう。小さく試せる範囲から進めてみよう
前例はあるの?前例がないなら、判断材料をつくる小さな実験として扱おう
効果が見えてからにして2週間だけ試して、続けるか判断する基準を先に決めよう
勝手に進めないで進める前に共有先を決めよう。必要な相手にはこちらからもつなぐ
もう少し整理してから今日決めることと、追加で確認することを分けよう

右の列に共通しているのは、期限と範囲が入っていることです。「小さく試せる範囲」「2週間」「今日決めること」。これがあると、保留が保留のまま消えません。

ついでに言うと、保留は中立ではありません。「今期は見送り」は、現場から見れば「やらない」とほとんど同じ意味で届きます。決めていないのではなく、変えないと決めたのだと受け取られています。

鋭さは、置き場所を変えると資産になる

ここまで読んで、社内の誰かの顔が浮かんだ人もいると思います。ただ、犯人探しをしても何も動きません。私たちが作っているAI活用タイプ診断は、止めている人を見つけるためのものではなく、その鋭さをどこに置くかを決めるための道具です。

15タイプの中に、よく似ていて、置かれた場所だけが違う2つがあります。

違いは能力ではありません。批評家型の鋭さは、使っていないものに向いています。検証者型の鋭さは、実際に出てきたものに向いています。同じ人が、置かれ方ひとつで両方になります。会議で懸念を言う役をお願いするのではなく、出てきた出力の品質を見る役をお願いする。それだけで、止める人が守る人に変わります。

逆に言うと、鋭い人を「ブレーキ役」として固定してしまうと、その人はずっと止める仕事しかできません。本人もそれを望んでいないことが多いのですが、他に置き場所を用意されていないだけです。

今日、ひとつだけ動かす

大きな仕組みを作らなくても、明日から変えられることがあります。次にあなたが会議で懸念を言うとき、その懸念に期限か範囲を1行だけ足してみてください。「本当に大丈夫?」の代わりに「確認すべきリスクを2つに絞って、2週間試そう」。それだけで、提案した人の実行コストが一気に下がります。

もう一段見たいなら、自分のチームに誰がいるのかを並べてみてください。15タイプの図鑑に全部載せてあります。何人かで受けてから並べると、止まっていた場所と、鋭さが余っている場所が同時に見えます。

AI活用が進まない組織は、能力が足りていないわけではないと私たちは思っています。止めるほうが安く、進めるほうが高いままになっている。値段のつけ方を変えるだけで、動き出す組織はかなり多いはずです。

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